アトリエ大掃除。干支も待機中。
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徳島・鳴門へ。セントレアからプロペラ機で一っ飛び。友人6人と大塚製薬さんの陶板美術館の見学に行く機会を得た。


ポカリスエット、天空のトマト、逆さ地図、浮いてる巨石、落ちない樹ETC。思考回路の逆噴射!勉強になる解説の真面目な取り組み。
堀部昭好さん、寺田誠司さん。しっかりエスコートに感謝。目を見張る「潮騒荘」の外観と内部は圧巻。「大塚国際美術館」は1998年開館の地下5階・地上3階の巨大施設。山にすっぽり隠れて最上階部のみ外から見える。鳴門市全体がオオツカ・ワールド。
陶板名画美術館は世界初。至宝の西洋名画1000余点を大塚オーミ陶業の特殊技術により、オリジナル作品と同じ大きさに複製されている。
学生時代に勉強したアート作品。ルーブルやプラドやウフィッツイETC。美術館でかって実物をみた作品がまじかにみられる不思議感。

「ゲルニカ」の迫力。「最後の晩餐」は修復前と修復後を見事に展示!右見て左見て。
環境展示、系統展示、テーマ展示。歩きやすい靴で一日ゆっくりの見学がお薦め。陶板名画は2000年以上の耐久性。おそらく今後の文化財の記録保存にも、きっと貢献するに違いない。
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愛知万博、サラゴサ万博についで上海万博に出展。子供達のアートで国際交流をする絵画の審査会を上海で実施。中国側から、上海大学教授やアートの専門家のそうそうたる顔ぶれの審査員と日本側の審査員計13人で子供達の力作を審査。子供の絵だからと誰一人手を抜かず白熱した議論も飛び交い充実した審査会となった。
審査会場の「上海・少年宮」。http://dreamcomplex.net/

今回のテーマは「まち」。上海万博の「ベターシティ・ベターライフ」に呼応したもの。10月締め切りで応募があった日中合わせ計11、800点の中から選ばれた320点を上海で審査した。


更に、昨年、サラゴサ万博に応募があり優秀作品を描いた子供達には、特別に10月末に個別にシードとして案内した(12月12日の締め切り)。色々な大賞が部門別であり(国内審査のみ)力作が届くよう期待している。今回の分と合わせ子供達の「絵を描く機会が増えること」を祈り、上海万博展示に向け実行委員は今後更に大車輪。
12月4日付け毎日新聞 中日新聞 朝日新聞
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諏訪大社の宮司様による発展祈願&入魂式が厳かに。秋晴れでまぶしい陽射しだけど、完成式はいつも心が踊る瞬間です。

デザイナーの桂 由美先生からも祝福のスピーチ。モニュメントの解説をして。

山田勝文諏訪市長、今井竜五岡谷市長、吉川良二本部長、黒田孝次八王子支社長たちと、若いカップルを真ん中にテープカット。 KARAKURI音色のおみくじ「恋の鈴かけモニュメント」オープンです!!ラッシック音楽や蛙の声や童謡、バイオリン曲など200種の音色が出てきます。カップルの相性がよければ、ウエディング・マーチが高らかに!桂由美先生と私も一緒に手をかざして。あっ、環境音楽でした~。いい感じ。梶の木札に恋の願い事を書いて、愛する人へのメッセージを。 ここで出会い、恋をし、結婚、出産、子供達に囲まれる幸せな家族。いっぱい、いっぱい生まれますように。
朝日新聞。毎日新聞。信野毎日新聞、朝日新聞(長野)中日新聞等。TV・新聞・雑誌など多くのマスコミが取材に来てくれました。
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市長選挙から早や半年。「向かう所、敵無し」にうつる河村たかし市長。ここにきて「市長公用車の購入の否決」「政務秘書設置の否決」「塾経営者の教育委員選任の否決」「政務秘書設置条例の議案提出見送り」「市民税10%減税の議決見送り」など、このところ、河村市長は難問が山積み。そんな多忙な市長に、当選後、まだ一度も公式に表敬訪問をしていないので、出来上がったばかりの本丸御殿フォーラムの「瓦版」を携え市長応接室で会見した。今年も個人寄付をし(河村体制になってからは初)、感謝状を頂く。以下はほんの一場面;感謝状「お金迄、いたでゃあて有り難てゃあね、嬉しいこったわねぇ、これ」と。;「春姫道中」に何回か出たことも、「雨が土砂降りの時のことは特に覚えてる、」。;8年前の「春姫道中」参加の集合写真を贈呈・9年前のルブラ王山での総会に出て祝辞を言ってる写真を見て、「まんだ、あの時は若かった!」と。 ;あの時は「そんな名古屋弁じやぁなかったですよ」。「ほんなことあらすかぁ」;本丸御殿フォーラムの会員である市長。「わし、金払ってたよ」「はい、市長もお母様も会員でした。ただし、市長職では寄付行為となるので元会員です」,又、河村秀根、有松絞りシャツ、県体育館などの話に花が咲き、肝心の「行政と市民の協働プログラム」に行くまでが、あっちいったり、こっちいったり。なるほど、考えてみれば、河村市長は私が、この運動を興した初期から「復元・賛成派」だったのです。一時、河村さんは「御殿復元凍結」なんて言葉も出たので、多勢の本丸御殿フォーラム会員の方々から大ブーイング。がっかり、結局、河村市長が当選後、8月に本丸御殿復元続行を表明。16年目のこの市民運動としては「祝・祝・祝」のヤレヤレハッピーとなり、会員と喜こんだもの。
市長には次の予定もあり、秘書さんがしきりとサインを送るも、市長は無視し15分の会見が30分延長し、我々が提案した案件についての話が続く。復元続行に謝意を表し、応接室を辞した。
連日、「紛糾」や「不同意」の言葉がマスコミに踊る河村市政。中日新聞「ニュースを問う」で「健全な緊張関係を目指せ」というコラムがあった。きっぱりとした意見で、なるほどと思う。しかし、加えて「賢明な市民の熟慮」もこれから、また議論百出ある所だと思う。
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